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 拳大の石が散乱していたが、当時の石積みのものなのだろうか。

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 荒川に面した土塁の内側に「鉢形城本丸址」の石碑が建てられている。

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 伝御殿下曲輪には現在、道路が横断しており、その南側には寄居町の施設が建っている。

 この辺りの高低差も約8メートル。

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 荒川対岸には花園城址が遠望できる。直線距離で約2,5km。両方の城で挟むように秩父往還に睨みを効かせていたのだろう。

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 伝御殿曲輪の東側虎口付近。右に下ると下の曲輪。

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 伝御殿曲輪の東側虎口。切通し状の坂道になっていて、両側に曲輪の斜面が迫る。

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 東側から見下ろす。

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 本曲輪東端の土塁方向を見る。

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 伝御殿曲輪から東側の土塁に下る虎口。

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 土塁側から虎口を見る。坂道が屈曲している。

 土塁が段になって続いている。

 この土塁上と笹曲輪の高低差も約8メートルになっている。

 笹曲輪と荒川の高低差は約19メートル。橋がある現在では簡単に対岸へ行き来できるが、橋がない時代に川を越えるのは大変だっただろう。

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 笹曲輪への虎口には石垣が残っている。積み石の内側には裏込石のような小石がゴロゴロしているので、低いながらも本格的な石垣だったのだろうか。

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 笹曲輪から本曲輪の土塁を見る。

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 本曲輪東端の土塁は道路によって分断されてしまっている。道路建設の時に作ったと思われる石垣で補強されている。

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 荒川対岸から鉢形城址を見る。川の両岸は断崖になっていて、天然の堀によって固く守られているのが分かる。

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