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写真82

井楼曲輪北側の虎口前から下を見る。虎口を下ると左手の部分に出るが、土塁より少し広くなっていて、馬出し的な施設のように思える。
写真右上方に土塁が伸びており、香川図ではこの土塁の先に山麓からの登城路が描かれている。
写真83

両側を土塁に挟まれ、突き当たりを鉤型に折れて城内に向かっている。後世に付けられた道の可能性もあるが、現状では虎口にしか見えないので、ここから北方へ下る城道が続いていたのではないだろうか。
写真84

井楼曲輪西方に長く伸びる土塁と空堀の北端部。くっきりと良好に残っている。
写真85

右に90度折れた土塁を進むと井楼曲輪の北側虎口に至る。
土塁上端の角がシャープに残っている事に驚かされる。砂利を多く含んだ地質のおかげだろうか。しかし掘るのは大変だっただろう。
写真86

堀底に下りてみる。当時はもっと深かったのだろう。
写真87

井楼曲輪と堂の尾曲輪の西方に作られたこの長大な堀と土塁は、この城の一番の見所だろう。武田氏時代の普請だという。右側は急な斜面で赤根ヶ谷へと落ち込んでる。
写真88

今はもうはっきりと残っていないが、堀の所々に堀障子が設けられていたようだ。
写真89

堂の尾曲輪下の堀は、斜面が崩れたのか埋もれて浅くなってしまっている部分がある。
写真90

写真69の土橋上から北方向。
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