
三ヶ月井戸から見上げる。左に屈曲して井戸曲輪下の交差点に至る。

三ヶ月井戸。井戸といっても、現状は池。誰が放したのか金魚が泳いでいた。(以前はもっといたらしいが、現在は2匹のみ。エサはどうしているのか気になる。)
しかし、当時もこの状態だったのだろうか。とても小さくて浅い。見学路を作った際に再現したもののように思える。

搦手口から登城路を見下ろす。
上方に曲輪がそびえ立ち、搦手方向の防御を固めているのが分かる。
この、的場曲輪下の曲輪は名称不明なので「搦手曲輪」とでも呼びたい。

各方向へ繋がる、尾根上の交差点から本丸方向を見る。
右手のロープが張ってある辺りから三の丸方向への直通路に下りられるらしいが、現在は通行止めになっている。

交差点から西の丸方向を見る。現在は神社の参道になっていて、狛犬のあたりに門があったのではないかと思われる。
右に下ると搦手方向。当然ここにも門があって搦手からの敵の侵入を阻んでいたであろう。
左にも下り道があって、鐘曲輪へ続いていたらしい。井戸曲輪にある説明板によると、鐘や太鼓を鳴らして敵の侵入を知らせたというが、井戸曲輪上で鳴らした方が城全体によく聞こえるはずで、不自然な気がする。もしかしたら、その説明板がある井戸曲輪の東部分こそが鐘曲輪だったのかも知れない。

井戸曲輪中央部。本丸と西の丸の連結部に当たるこの曲輪は3つに分かれていて、現在休憩所のあるこの部分が少し高くなっている。

井戸曲輪西部。その名の由来となった井戸がある。

かな井戸。案内板によると鉄分が含まれているためにこの名があると言う。
しかし、こんな尾根上で果たしてどれくらいの水が確保出来たものだろうか。現在は浅くなっているが、当時は相当深かったのだろう。

井戸曲輪から西の丸方向。正面の階段は神社の参道として作られたものであり、本来の城道は左手の坂道であろう。

井戸曲輪内から二の丸方向へ至る狭い城道を見る。左手、西の丸側には絶壁がそびえ、右手もまた断崖に落ち込んでいて、今なお危険な場所。
ここに門があって井戸曲輪内への通行を遮断していたであろうから、二の丸方向からの侵入者は絶対に突破できなさそう。